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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)3323号 判決 1983年2月24日

原告

三松紘一

右訴訟代理人

今野勝彦

被告

住宅・都市整備公団

右代者者総裁

志村清一

右訴訟代理人

草野治彦

上野健二郎

右指定代理人

竹内健

外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金五八〇万九九四九円及びこれに対する昭和五五年二月五日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

原告は、昭和五五年一月一九日、埼玉県草加市松原二丁目日本住宅公団(以下、旧公団という。)松原団地内テニスコートにおいて、テニスの準備体操を行うため、右テニスコート内に設置されたベンチの日覆い(以下、本件日覆いという。)の骨組であつた鉄製パイプに手をかけ、足を片方づつ交互にあげる運動をしていたところ、右日覆いの鉄パイプが突然根元の溶接部分から折れて倒壊し、そのため原告は、仰向けに転倒してその下敷きとなり、右顔面挫創、左後頭部・頸部・胸部打撲の傷害を受けた(以下、本件事故という。)。

2  被告の責任

(一) 旧公団は、日本住宅公団法に基づいて設置された公法人である。

(二) 本件日覆いは、訴外公団が、株式会社団地サービス(以下、訴外会社という。)に委託して、設置・管理していたもので、公の営造物である。

(三) 本件日覆いは、直径六センチメートルの鉄製パイプ二本をそれぞれ直径約二メートルの半円弧状に曲げてその下端を各二か所ずつ地上に固定し、右二本の鉄製パイプに両端が接するように同じ直径で直線状の鉄製パイプ八本を横に約四〇センチメートル間隔で順次それぞれ円弧状パイプに溶接して骨組を作り、右骨組の外側に布シートを半円弧状にかけて製作されたものであるが、右半円弧状の鉄製パイプが左右とも腐蝕していたために折れて本件事故を生じたものである。

(四) 本件日覆いは、テニスコート内に設置されていたため、テニスのプレイヤー等が準備体操の補助用具として日常的に利用しており、その事実は、訴外会社において認識していた。

しかるに、旧公団ないし訴外会社は本件日覆いの安全性につき定期的に点検することもなく、腐蝕したパイプを放置した上、事故を防ぐためにより丈夫で安全な施設を設けるか、立札等により事故の危険について注意を促すなどもせずに、本件日覆いを漫然と放置していたのであるから、本件日覆いの設置、管理について瑕疵があつた。

(五) 被告は、住宅・都市整備公団法に基づいて設立された公法人で、同法附則六条一項により、旧公団の解散後一切の権利義務を承継した。

3  損害<以下、省略>

理由

一請求原因1の事実のうち原告の受傷内容及び準備運動の態様を除く事実並びに同2の(一)ないし(三)の事実は当事者間の争いがなく、<証拠>によれば、原告が本件事故により、右顔面挫創、左後頭部・胸部打撲の傷害を受けたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二原告の行つた準備運動の態様につき本件事故との関係を含め判断するに、<証拠>によれば、原告は、本件事故直前に、テニスをする準備運動として本件日覆いの鉄製パイプに手をかけ、足を上げるなどの運動をしているうちに本件日覆いが倒壊したものであることが認められるが、――原告本人は、その際の準備運動の具体的内容につき、片手で右鉄製パイプを握り、足を片方ずつ交互に振上げていただけでぶら下がるようなことはしなかつた趣旨の供述をしている。

しかしながら、原告本人は、一方で甲第一二号証の五の両手で鉄製パイプを握り両足を曲げて全体重が鉄製パイプにかかるような態様の運動をしている写真を示され、これに近い運動をしたかのようにも供述しているのであつて、この点更に進んで考えると、準備運動として両足のみならず両手上半身などを含む全身運動をするためには、単に鉄製パイプに片手をかけ足を交互に上げるだけでは目的を達しないことが経験則上明らかであるから、原告は準備運動として鉄製パイプに両手をかけたうえ、足を交互に上げたりしただけでなく時に両脚を前後に開いたりして瞬時であれ鉄製パイプを支えに全身で懸垂した状態になつたり、身体を前後に運動させて全身的な屈伸運動を行ない鉄製パイプを両手で引張るようにしたりしたことが右供述に照らし容易に推認することができ、原告本人の供述中、右推認に反する部分は措信することができない。

原告の準備運動が右のようなものであつたため、原告の体重もしくは両手に加えた力が鉄製パイプ直下の地面方向に垂直に働いて、その力が前記争いのない半円弧状になつている同パイプの支柱部分を折り曲げるように作用した結果、その根元付近が折損するに至つたものと推認されるのである。この推認に反する証拠はない。

三そこで、次に、本件日覆いの設置・管理の瑕疵の有無について判断する。

公の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、当該営造物が、その構造、用途、場所的環境及び利用状況等の諸般の事情に照らして、具体的に通常有すべき安全性を欠いていることをいうものと解すべきところ、これを本件についてみるに、既に確定した事実並びに<証拠>を合わせれば、本件日覆いの構造は請求原因2(三)記載のとおりのものであり、それはあくまで本件テニスコートの利用者等が同コート内のベンチを利用する際の日除けとする目的で設置されたものであること、右利用者の中には、時に原告と同様日覆いを準備運動の補助用具として利用する者もあるが、それが明らかに用途に反するものであるため、良識ある多くの者はそのような利用をしていないこと、同コートは周囲を金網フェンスで囲われていて、その入口には施錠の設備があつて励行され、しかも松原団地の住民により構成するテニスクラブの会員が主に使用するものとされていたこと、そして本件テニスコート等の管理は旧公団から訴外会社に対し委託され、同社業務課員が、週に二回程度巡回してベンチ、日覆い等の施設が利用可能な状態にあるか否かを見てまわつており、その限りでは本体当時も特に異状は見受けられなかつたこと、先のとおり本件日覆いの折損事故が、日覆いの本来の用途に反し準備運動の用に供して過度の重力を加えたために惹起されたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定の本件日覆いの構造、用途及び場所的環境、日頃の管理利用状況等に照らすと、本件日覆いは日除けとして利用するために具体的に通常有すべき安全性に欠けていたものとは認め難い。

確かに、<証拠>によれば、本件日覆いは、これを設置してから長年月経過し、本件事故当時、その骨組である鉄製パイプが一部腐蝕していて、これがため原告が行つた準備運動の使用には耐えられないものであつたこと、又本件テニスコートの利用者の中には前認定のように本件日覆いを準備運動の補助用具に利用する者が見られるのにこれを明示的に禁止する掲示などはなかつたことが認められるけれども、右のような本件日覆いの利用方法が、本来の用途にそぐわない不適切なものであることは言を待たず、このことは通常の判断力をもつた成人には容易に判断のつくことであるから、そのような利用は他人に注意され、禁止されるまでもなく避けるべき事柄であり、これを避けずに行つたことによつて生じた結果については、当該利用者において責任を負うのが当然というべきであつて、営造物の設置・管理者において本件日覆いが準備運動の補助用具として利用されることまで予想し、これに耐えられるように常に整備し、あるいはそのような利用をしないよう提示等により注意するまでの義務があるということは、到底できない。

他に本件日覆いの設置・管理に瑕疵があることを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、原告の請求は、その余の事実について判断するまでもなく理由がないといわざるを得ない。

四以上の次第であるから、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(山口和男 佐々木寅男 藤井敏明)

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